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東京地方裁判所 平成6年(ワ)7610号 判決

原告

株式会社伊藤建設機工

ほか一名

被告

大成塗装株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告株式会社伊藤建設機工に対し、金二九万六七九〇円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、連帯して、原告大成火災海上保険株式会社に対し、金一三〇万一八五五円及びこれに対する平成六年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、連帯して、原告株式会社伊藤建設機工に対し、金三五万五七二〇円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、連帯して、原告大成火災海上保険株式会社に対し、金一五七万五八〇七円及びこれに対する平成四年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行の宣言

第二事案の概要

一  本件は、首都高速道路七号線の一之江インターにおいて本線車道走行中の大型貨物自動車と進入路を走行してきた普通貨物自動車との間に接触事故があり、大型貨物自動車の所有者が同車両の物損を請求するとともに、右事故が引き金となつて他の物損事故もあり、大型貨物自動車についての対物保険の保険者が第三者の損害等についての保険金を支払つたことから、同金員について代位請求を行つた事案である。なお、原告らは、いずれも損害額の二割相当額の弁護士費用も請求している。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成四年四月二九日午前七時三〇分ころ

事故の場所 東京都江戸川区西一之江三―六首都高速道路七号線の一之江インター上り右側車線上

関係車両 (1) 原告株式会社伊藤建設機工が所有し、訴外新村健(以下「新村」という。)が運転する大型貨物自動車(習志野一一に八七六二。以下「原告車両」という。)

(2) 被告大成塗装株式会社が所有し、被告菊地芳春(以下「被告菊地」という。)が運転する普通貨物自動車(足立四六や八五四三。以下「被告車両」という。)

(3) 訴外金子廣が所有し、訴外金子章が運転する普通乗用自動車(足立三三に一〇五七。以下「金子車両」という。)

(4) 訴外石塚某が運転する普通乗用自動車(ライトバン。以下「石塚車両」という。)

(5) 訴外三牧寧が所有し、運転する普通乗用自動車(習志野五二り二八三。以下「三牧車両」という。)

事故の態様 本線の右側車線に進入車線からの自動車が合流する構造である前示一之江インターの上り右側車線上において、金子車両、石塚車両、被告車両の順で進入車線から本線に入ろうとしていたところ、金子車両が本線進入直前に急停止したことから、石塚車両も急停止し、被告車両がその左後部を本線上にはみ出し、本線の右側車線を直進してきた原告車両と接触した。新村は左ハンドルを切つて被告車両から離れようとしたが、原告車両は、本線左側車線を走行してきた三牧車両と衝突し、さらに右方に反転して金子車両とも衝突した。しかし、その事故態様及び原因については当事者間に争いがある。

事故の結果 原告車両、三牧車両及び金子車両が損傷した。

2  業務遂行中の事故

被告菊地は、被告大成塗装株式会社の従業員であり、その業務として被告車両を運転していた。

3  保険関係

(一) 原告大成火災海上保険株式会社は保険業を営む株式会社であり、原告株式会社伊藤建設機工との間で、平成四年三月三〇日、原告車両を含む同原告の車両につき、対物損害賠償責任保険を含む自動車総合保険契約を締結した(甲三、四、弁論の全趣旨)。

(二) 原告大成火災海上保険株式会社は、右保険契約に基づき、三牧寧に対して本件事故により発生した三牧車両の損害金一一八万〇一九〇円を、金子廣に対して本件事故により発生した金子車両の損害金一三万二九八三円をそれぞれ支払つた(甲三、四、弁論の全趣旨。両車両に関する損害額は当事者間に争いがない。)。

4  原告車両の損害

本件事故のために生じた原告車両の損傷を修理するには、二九万六四三四円を要する(甲二)。

三  本件の争点

本件の主たる争点は、本件事故の態様及び過失相殺の可否、割合である。

1  原告ら

金子車両と石塚車両が進入車線前方で停車していたため、被告車両はこれらの車両よりも先に本線に割り込んで進入すべく本線内に五〇センチメートルはみ出し、このため、本線右側車線を時速五〇キロメートルで走行していた原告車両と接触した。本件事故は被告菊地の一方的な過失に基づくものである。

2  被告ら

石塚車両は金子車両の後続として、被告車両は石塚車両の後続としていずれも一〇ないし一五メートルの車間距離をとりながら進入車線を時速二〇ないし三〇キロメートルで走行したところ、金子車両が急停止したため、石塚車両及び被告車両もそれぞれ停止した。その後、約五秒経つてから、時速六〇キロメートルを超える速度で前方不注視のまま進行してきた原告車両が被告車両と接触した。本件事故は、主に新村の過失によつて生じたもので、九割の過失相殺を主張する。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様、過失相殺

1  前示争いのない事実に甲一、乙一ないし四、七ないし一五、一七、証人新村、被告菊地本人に前示争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故のあつた首都高速七号線上り線の一之江インターは、高架を走る本線の右側車線に一般道路から上り坂として延びる進入車線が合流する構造となつている。右側車線の右端及び進入車線の左端にはコンクリート製の側壁があるが、合流地点よりも手前で側壁がいずれも終了して、高さ約二〇センチメートルの分離帯や長さ約三〇メートルの白ペンキでゼブラ模様に描かれた導流帯により両車線が区切られている。その先の両車線の間には破線による区分線が設けられ、進入車線からは、同区分線を跨いで本線に進入すべきものとされている。導流帯の開始点(以下「合流基準点」という。)から区分線の終了点までは約一七〇メートルあり、進入車線はその間に除々に細くなつている。

このような構造のため、進入車線走行中の車両からは、運転席が高い位置にあるトラック等を除き、前記分離帯付近に到達するまでは、本線の道路事情が予め分からない。他方、原告車両の高さは三・三五メートルあり、本線右側車線を走行していれば、前記分離帯付近に至る前でも進入車線の進行状況を比較的容易に知ることができる。

(2) 被告菊地は、被告車両を運転して、金子車両、石塚車両、被告車両の順で進入車線から本線に入ろうとしていたところ、金子車両が合流基準点から約九〇メートル先の進入車線において、本線進入直前に急停止したことから、石塚車両も急停止した。その後、被告車両はその左後部を本線上にはみ出して停車したが、その頃、被告車両の左側後部と、本線の右側車線を直進してきた原告車両の右側後輪等が接触した。原告車両を運転していた新村は、左のハンドルを切つて被告車両から離れようとし、このため、原告車両は本線左側車線を走行してきた三牧車両と衝突し、さらに右方に反転して金子車両とも衝突した。

(3) 原告車両の後輪は、片側だけで前後に平行して二輪ずつ合計四輪設置されているが、被告車両との接触により、原告車両の右側後輪のうち後部外側の車輪タイヤの外側に被告車両との接触による三日月形の擦過痕が明瞭に記され、また、その後部のフエンダーが内側に折り曲げられる等した。他方、被告車両の左側最後部には、原告車両の右側後部後輪タイヤとの擦過痕が黒く残つた。さらに、導流帯の終了地点から約三四メートル(合流基準点から約六四メートル先)には道路の継ぎ目が存在するところ(他にも、道路のつなぎ目は存在するが、以下においては、この継ぎ目のことを「道路の継ぎ目」という。)、これをはさんで原告車両の後輪のタイヤ痕が合計八条記されている。さらに、道路の継ぎ目から約一五メートル先の左側車線には、原告車両の残したタイヤ痕が多数見られる。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、乙一三号証は駒沢鑑定事務所駒沢幹也作成の鑑定書であり、前示原告車両の右側後部後輪の擦過痕の形態から、両者両の接触時に被告車両は静止していたとする。そして、理論上からは、被告車両の静止時に両者両が接触すれば原告車両の後輪には三日月形の擦過痕が付くこと、両者両が同一の速度で走行中に接触すれば、原告車両の後輪には同心円状の擦過痕が付くことは、明らかである。もつとも、被告車両が進行していても、被告車両に比して原告車両の速度が早ければ、三日月形に近い形の擦過痕が付くことも事実であり(被告車両が停止している場合において原告車両後輪に接触痕が付着する間に原告車両が走行する距離をkとし、両車両走行中に接触痕が生じる場合を考えてみると、原告車両の速度をv1、被告車両の速度をv2、両車両の接触時間をt、接触中の原告車両の走行距離をl1、被告車両の走行距離をl2とすると、「l1=v1×t、l2=v2×t、l1=k+l2であるから、前2式からl2×v1=l1×v2、これに第3式を当てはめるとl2×v1=(k+v2)×v2となり、これを展開するとl2=k×v2÷(v1-v2)」となる。そして、被告車両の走行距離に応じて原告車両後輪の三日月形が長くなることから、同三日月形は、被告車両の速度に比例し、また、両者両の速度差に反比例するように長くなることが判明する。)、また、原告車両が被告車両から離れると接触痕がなくなることも考慮すると、前認定の原告車両の右側後部後輪の擦過痕があるからといつて、両者両の接触時に被告車両は静止していたと判定することはできない。もつとも、両者両に相当の速度差があつたことは推認し得る。さらに、三日月形の擦過痕から、両者両の接触時には原告車両の後部後輪が回転していたことも明らかである。

3  新村は、乙七、一七を総合すると、証人尋問において「原告車両を時速六〇キロメートル程度の速度で運転し、合流基準点から約九〇メートル手前の右側車線上を走行していたところ、合流基準点から約九〇メートル先に停止した状態にある金子車両を発見した。原告車両が合流基準点から約五〇メートル手前まで走行したところで、石塚車両も金子車両の後ろに停止したが、金子車両が合流すると思つて、原告車両の速度を五〇キロメートル程度まで下げて近づいたが、金子車両は動く気配はなかつた。金子車両と石塚車両が止まつたとき、被告車両は、合流基準点を少し前進したあたりの進入車線上を走行していた。原告車両は、被告車両よりも速度が早かつたため、合流基準点よりも三〇メートル程度先の導流帯が終了したあたりでは、被告車両のすぐ後ろあたりの右側車線上にいたので、先行できると思つて進行したところ、被告車両が本線に出てきたためハンドルを左に切つたが衝突した。衝突地点は、合流基準点よりも四五メートル程度先であり、道路継ぎ目よりも手前である。被告車両は、衝突時も走行していた。衝突した瞬間に原告車両に急ブレーキをかけた。」と供述する。

他方、被告菊地は、乙一七も総合すると、本人尋問において「石塚車両は金子車両の後続として、被告車両は石塚車両の後続として、いずれも一〇ないし一五メートルの車間距離を取りながら進入車線を合流基準点まで時速二〇ないし三〇キロメートルで走行した。そして、合流基準点の手前の側壁の切れた地点でサイドミラーにより本線を見たところ、原告車両が合流基準点の一五〇メートル手前を時速六〇キロメートルを超えて走行しているのを見た。次に、導流帯が終了した地点で再度原告車両を見たところ合流基準点の六〇メートル手前を走行していた。石塚車両に続いて本線に進入しようとしていたところ、金子車両が合流基準点から約九〇メートル先で急停止したため、石塚車両及び被告車両は、それぞれ車間距離を二メートルとつて停止した。このとき、金子車両及び石塚車両は区分線をはみ出していなかつたが、被告車両は区分線の中心から五〇センチメートル程はみ出して停車した。停車後約三秒経つてから、原告車両が衝突した。」と供述する。なお、被告車両の停車位置につき、道路継ぎ目上であるとも供述する。

4  よつて検討すると、まず、衝突位置であるが、被告菊地の供述中の「石塚車両及び被告車両が、それぞれ車間距離を二メートルとつて停止した地点」を採用した場合、同地点は、道路継ぎ目から一五メートル以上進行した地点となるが、同地点では路上に残されたタイヤ痕から明らかなとおり、原告車両はすでに左側車線に進入していて、接触しようがないことが明らかである。また、同被告の供述中の道路継ぎ目上を採用した場合、同地点においては、前示タイヤ痕から原告車両の後部後輪はブレーキによりロツクされていたことが明らかであつて、前示の三日月状の接触痕と矛盾する。これに反し、新村証人は、衝突地点は道路継ぎ目よりも手前であつて、衝突前にハンドルを左に切り、衝突した瞬間に急ブレーキをかけたと供述していて、前示各タイヤ痕や三日月状の接触痕とは矛盾せず、逆に、これらの痕跡から、原告車両の後輪が接触時に制動されていなかつたこと及びその後原告車両がやや左方を向きながら制動したことが認められるのであつて、これらと新村証言とは合致するものである。

次に、被告菊地は、金子車両及び石塚車両に続いて本線に進入しようとしたと供述するが、被告車両の前方にあり、かつ、それだけ進入車線の幅が狭くなつているにもかかわらず、金子車両及び石塚車両がいずれも本線にはみ出すことなく停車しているのに、これに追随したとする被告車両のみが本線にはみ出しているのであつて、このことから、被告菊地の右供述は採用することができない。むしろ、被告車両のみが本線にはみ出した事実からは、前方に金子車両及び石塚車両が停車していたため、被告車両がこれらの先を越して本線に進入したことが推認されるのであり、この推認は、前示新村の供述と合致する。

以上のとおり、被告菊地の供述は、全体的に採用し難いものがある。逆に、客観的に確定し得る事実と新村証言とはいずれも合致しており、新村証言のその他の部分についても、前示採用しなかつた被告菊地の供述を除き、矛盾するものではない。乙一三についても、前判断のとおり、接触時において被告車両の速度が遅く、かつ、原告車両との速度差が大きい場合又は原告車両が早期に被告車両から離れた場合は、矛盾はなく、これら仮定の事実は、前認定の事実から窺うことができる。

5  そうすると、本件事件は、新村の供述どおり、原告車両が本線を進行しているにもかかわらず、被告車両が進入車線から本線に進行しようとした結果生じたものというべきであり、本件事故の主たる原因は被告菊地の本線注視義務違反にあることは明らかである。

他方、新村は、金子車両及び石塚車両が進入車線の途中で停車しており、かつ、その後ろから被告車両が本線進入のため走行してきたことを認識しているのであり、被告車両は、石塚車両の手前で本線に進入せざるを得ないことから、優先する本線を走行していたといえども、被告車両への配慮も必要であり、事前に速度を更に下げるとか、三牧車両の動きを見極めながら左側車線に車線を変更する等して、本件事故の発生を未然に防止すべきであつたということができる。

そして、被告菊地の過失を新村の過失の双方を対比して勘案すると、原告らの請求する損害については、その一割を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

二  損害額の算定

前示のとおり、本件事故により発生した原告車両についての損害額は二九万六四三四円であるところ、前記過失相殺後の損害額は二六万六七九〇円となる。

また、三牧車両及び金子車両についての損害金は合計一三一万三一七三円であるところ、前記過失相殺後の損害額は一一八万一八五五円となる。

三  弁護士費用

前認定のとおり原告大成火災海上保険株式会社は保険契約の履行として三牧寧らに合計一三一万三一七三円を支払つたことから、商法六六二条の規定に基づく保険代位により、原告株式会社伊藤建設機工の被告らに対する求償債権を取得したものと認められるところ、その権利行使のため本件訴訟を提起したことは明らかであり、弁護士費用は、保険代位した債権の性質に鑑み、その担当額を被告らに負担させるのが適当である。

そして、本件事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告株式会社伊藤建設機工につき三万円、原告大成火災海上保険株式会社につき金一二万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告らの本件請求は、被告らに対し、連帯して、

1  原告株式会社伊藤建設機工においては、二九万六七九〇円及びこれに対する本件事故日である平成四年四月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

2  原告大成火災海上保険株式会社においては、一三〇万一八五五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である平成六年五月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

の各支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。なお、原告大成火災海上保険株式会社は、附帯請求として保険金支払いの翌日からの遅延損害金の支払いを求めているが、請求により付遅滞の効果が生じるものと解すべきである。

(裁判官 南敏文)

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